僕たち音楽ファンにとってジョン・ペリー・バーロウの名は、主にグレイトフルデッドとのコラボレーションで知られている。曲の数は少ないものの、今でも僕たちが口ずさむ彼の歌詞は、クールな色で鋭く燃える恒星のように思える。彼はまた、インターネット上における著作権や言論の自由に関する研究者でもあり、ワイアード誌などでその筆才を駆使して活躍、さらにドラッグに関する教育などの分野でも活動している。僕が和訳とウェブ上での掲載について許可をお願いしたところ、すぐに返信をくれて、「著作権なんてものは信じてないから、どうとでも使ってくれれば嬉しい」と快諾してくれた。

そんなバーロウが、三人の娘に誘われてコロラド州ロッキー山脈でのストリング・チーズ・インシデントに観衆の一人として参加。この文は僕が読んだ彼の文章の中で、もっとも感情に溢れたものだ。数年前に亡くなった彼の愛人、シンシアのこと、ジェリー・ガルシア死後のグレイトフルデッド・ファミリーの現実など、彼の心の奥底にわだかまっていたものが美しく溢れ出ているエッセイだ。僕の拙い訳が、原文の素晴らしさを傷つけなかったことを願わざるを得ない。

ちなみに、英語の原題にミススペリングはない。

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「ロッキー山脈のスターリング・チーズズズ・インシデント」
by ジョン・ペリー・バーロウ

ここワイオミング州では今、日が昇ろうとしている。そして僕はこれから3週間の旅のために準備をしたあと、ソルト・レイクまで250マイル運転、さらにサンフランシスコに飛ぶ。だから今年の輝かしい独立記念日の僕の経験を、意思に反してかいつまんで話さざるを得ない。

それは8千あるいは9千人の最高に優しくて素晴らしい若者達と、もう歌うことすらないアメリカ国歌を心を込めて歌った一日だった。

これはただの愛国心の表現ではない。なぜなら、過剰摂取主義企業どもが巣食う、ますます白く[白人的に]なったホワイトハウスのお陰で、僕の愛国心は個人史上最低のレベルにまで墜落してしまっていたのだから。

むしろ、僕はザ・ストリング・チーズ・インシデントという名の新しい自由共同体に感化されて怒声を挙げる欲望に駆り立てられた、そして彼等とそのオーディエンスはグレートフル・デッド2.0であり、第2幕がさらに進化して開幕した、と言いたいのだ。

僕はこのバンドを過去数年に渡って聴いてきた。しかし、率直に言って僕は1995年のデッドの死以降、音楽的にも社会現象にも興味は持てなかったのだ。皆がガルシアの復活をひたすら待っていたようだった。そして、もちろん彼は戻っては来なかった。

僕の中でも彼を失って寂しく思う気持ちはもちろん大きい。が、その気持ちと同じ位これは必ずしも悪い事ではないのではないかという考えもあった。僕たちの長い、不思議な旅がブラック・ピーターのように消えた頃、その旅そのものにはそれほど敬服する要素はすでになかったように思う。殆ど全ての人々が、ミュージシャンとオーディエンスに関わらず、何らかの形で自己破壊の末期症状をきたしていた。(こういう僕もその例外ではない。)

僕にとっては、原理そのものは賛美するものの、僕たちの大部分が金と何らかの中毒以外の何物をも主張しているとは言い難かったのだ。グレートフル・デッドの組織そのものでさえシリコンバレーの隅っこにあるマフィア村と化していた。こんな時代錯誤の陰謀はボルジア・バチカン以来のことだろう。デッドヘッズの殆どは低質のアシッドを食った運搬船盗賊のようなものだった。みとれるような状況では全くない。

だから僕は「魚釣り」[原文:”Phishing”]には行かなかった。ラット・ドッグの為に歌詞を幾つか書こうともしたが、僕の歌に彼等がやったことを聞いて、「おか〜さ〜ん」とも叫びたくなるような気持ちになって、結局は止めた。

だが暫く経ったある夜、研ぎ澄まされた直感を持つ我がバーロー家の娘達は、ザ・ストリング・チーズ・インシデントなるものをジャクソン・ホール[Jackon Hole]で聞いてきた。彼等は異常に興奮していて、僕は復興信仰の連中が何かやらかしたのかとさえ思ったほどだった。それでも僕にはためらいがあった。失望した老ヒッピーほど喜びというものに関して疑い深い者はいない。

娘達が次に彼等のコンサートに行った時は、一本のブートレッグテープを持ち帰った。娘達がそのテープを僕に聴かせてくれた時、彼等の音楽は僕の完全な注意をそそった。彼等は何でも演奏できる様だった。彼等がジャム演奏する時(彼等の演奏は殆どがジャムなのだが)、それはまるで想像できうる限りの、ありとあらゆる音楽ジャンルを放り込んだような、素晴らしいフルーツサラダの様だった。それは、例えばコール・ポーターがトゥーバンの喉声シンガー達の為にブルーグラスの曲を書いたようなものだ。或いはヨー・ヨー・マ指揮によるレッド・ゼッペリンとモルモン教会タバーナクル合唱団の共演のような。或いはその他の何か、その他の何物か。

だから娘達が、スティームボート・スプリングスで行われる二日間の彼等のコンサートでバンドと共にキャンプアウトするのだが(まるで僕が決してなり得なかったデッドヘッズのように)一緒に行かないかと誘った時、僕は二もなく承知した。(当然の事ながら、僕は行かなければならなかったのだ。ティーンエージャーの娘達が親父を連れて行きたいなどという時は、それがたとえコモドオオトカゲが大きな炭火燃え盛る穴の底で死に至るまでの決闘を見に行くことであってもだ。ただついて行くのみだ。そして僕は行った。)

現在、僕はすっかりチーズヘッドに変身してしまった。或いはこの名のほかにファンを呼ぶ名があるのだろうか。(ウイスコンシン州にはみずからをチーズヘッドと呼ぶ人々がいる為、より良い名が必要なのは疑いの余地もない。)若いファンの連中は妖精が悪鬼を全く連想させないように、パッカーズファンとは大違いの存在だ。実際、僕がコロラドで見た若いファン達は今までに見たこともないような文明的な若者達だった、と言っても過言ではない。

彼等は、穏やかで寛容、冷静で楽しく、そして誰から言われる事も無く責任感が強い人々だった。コンサート会場とキャンプグラウンドは、皆が引き払ったあと、一時間以内に全くゴミすらない状態となった。これはただ自然にそうなったのだ。ステージ上からは、片づけるようにとの訓戒も無かった。彼等の間でそれを促している様子も見なかった。

さらに彼等は眺めるにも奇麗だった。このような人間達の風景の広がりは今まで一度も、フランスのパリでさえも、ましてや人々が少々生々しくさえ見える中央ロッキー山脈でさえも見た事はない。

そしてあの音楽!もし、君がザ・ストリング・チーズ・インシデントと、バンドとぐるになって自己増幅による踊りで夢中にさせようと企むファン達の真っ只中で、踊れないということであれば、君の中にはダンスというものが完璧に欠如している。

しかしメインの出来事、話の真の中身はこうだ。かつて、グレートフル・デッドとデッドヘッズ達の間のスペースにしばしば現れたミステリアスな聖なる女神の住む新しい大聖堂を、このバンドとそのファンが構築しているという事実だ。更に言えば、この事はさらに明白に定義されている。このバンドは神の腕時計よりもタイトである。全てがただ素晴らしく機能している。

前述のようにデッドがあった時は僕もある意味でグレートフルだった。しかし一方では、デッドの死は、僕の主要な宗教を実践する信仰の中心地が跡形も無く消え去ったことを意味する。昔、僕はこの世界には三つの祭壇があるとよく言ったものだ。つまり、珊瑚礁リーフ、グレートフル・デッド、そして世界の女性たるもの全て。残ったものが如何に神聖なるものであっても、二つに削減されたことは非常に辛いことだった。それが再び三つに復帰したことは素晴らしいことではないか。

そして(これを回想するについては躊躇するのだが)独立記念日のショーのセカンド・セットで、驚嘆すべき事が起こったのだ。ある時点で、一人の美しい女性の魂が僕の体内を満たし、この全く不適当な老体を作動し始めたのだ。

それはシンシアの精霊であると思いたい。なぜなら、彼女は長い、エレガントな手と指、あのすらっとした流れを確かに備えていたから。彼女が僕のゴツゴツした手で空を編んだ時、僕はあからさまに馬鹿げた表情であったに違いない。だがそんなことはどうでも良かった。僕がサンフランシスコで最も不適役なドラッグ・クイーンであったとしても、だ。僕は誰かと「一緒に」踊っていたのではない。僕は踊らされていたのだ。

もしこのような事が起こりうるゾーンを創り得なくとも、僕はこのバンドが醸し出すアートについて敬意の念を禁じ得ないと思う。彼等は、僕自身が持つ音楽が如何に作用するかという点について共通の何かを持っているようだ。経済面において、哲学的、そしてスピリチュアルな点までも、もし君がこの贈り物を誠意を込めて、誇り、貪欲、虚栄、所有者の傲慢無しに贈れば、それが自然に何倍ともなって返ってくることをこのバンドは知っている。そして、バンドのメンバーそれぞれは遥か彼方を見ることができる澄みきった目を持っている。角膜のどちらからでも。

彼等は僕との間に何曲かの歌が育まれるかを見届ける為に、僕と会合を持つことへの興味を示してくれた。これをやってみる機会を、僕はすでに待てないでいる。この機会にその価値があるようにと、僕は心から望んでいる。

オッケー。これで十分だ。僕の甘ったるい褒め言葉で読者に糖尿性昏睡状態を引き起こすつもりはない。そして、この文章が少々サッカリンじみてきているのも自覚している。だけど君たちの為にもう一言だけ言おう。このマジックを経験して欲しい。この世界がいつもの醜い方法で駄目にしてしまう前に。

 

ジョン・ペリー・バーロウ
Cognitive Dissident共創始者および副議長
ハーバード法律学科、Electronic Frontier Foundation Berkman研究員

「スライド・トロンボーンでなら何でも思うことを言えばいい。
 だけど言葉を使う時は気を付けな。」
 −−ルイ・アームストロング

(by wolf

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