マイルス追悼10周年−ジャムファンの想い
2001年12月22日

 マイルスが去って早10年。彼の音楽は今も多くのアーティストに影響を与え、人々の間でも語り継がれている。通常マイルスはジャズの人という事になっていて、彼についての記事はジャズの専門家や評論家達によって限りなく書かれ語られている。ド素人の僕がマイルスについて書く事自体、無謀な行為だが、ジャムミュージックのファンとして敢えて駄目もとで試しに書いてみる事にした。

 私事で申し訳ないが、僕の幼少時代にはテレビというものが家には無く、マスコミの入る隙間といえば新聞とNHK−FMラジオのみだった。新聞は子供にとっては無きに等しいから、ラジオだけで毎日クラシックとニュースを聴いていた。これは父親の方針だったが、何故か通わされたカソリック系私立小学校の同級生からは「テレビも買えない貧乏人」として扱われ、よく耳を引っ張られてイジメられた。

 僕にとって古典音楽は演奏者が誰かはどうでも良く、作曲家が誰なのかが重要な音楽だったが、演奏者そのものにこだわるようになったのはやはりマイルスのライブを観てからだといっても過言ではない。聴く者に訴え、しかもチャレンジする即興音楽を生で聴く事の素晴らしさをその時知ったと言ってもいい。1975年1月、高校生だった僕はその当時でも5千円だったチケットを貯金を下ろして買ってひとりで観に行った。マイルスの派手な服装、でかくて異常にかっこいいサングラスなどは今でも覚えている。(ただ、どういう訳かあの時の彼の衣装がド赤だったかド青だったかが思い出せない。)

 ショーの間と言うものこぶしを握り締め、肩に力が入ってしまって取れず、1時間ちょっとの演奏が終わって外に出た僕は、新宿厚生年金会館を後にし、呆然と空を見つめ口をあんぐり開けてという虚脱状態でビルの間を歩き、ほっとした時には紀伊国屋の裏にあるジャズ喫茶、DUGに辿り着いていた。あんな音楽が可能なのか、あんな風に聴かせる音楽もあったのか、とコーヒーをすすりながら初めて我に返って考えた。だからどうなのだと問われると、「なんだかよく分からねぇけどサイコー」と言うしかなかった。そして今でもそれは同じなのだ。

 今でもマイルスは聴く。聞いていて朗らかで明るい音楽では全くない。それに彼の音楽のどの部分を聴いても強烈な緊迫感を感じる。ハッピーとかチルアウトどころではない。それでも聴かずにはいられない。雑誌コーナーでマイルスの特集などを見るとつい買ってしまう。先日もサンフランシスコの紀伊国屋で、ある日本の文芸雑誌が「マイルス追悼10周年」と銘打って特集を組んでいるのを発見、思わず買ってしまった。

 僕はあくまでも一音楽ファンで、ミュージシャンでもアーティストでもないから、彼のオフィシャル録音の分析はもちろん読めないし理解も出来ない。面白いのはジャズやポップスの評論家があれやこれやと意見を戦わせている対談だ。

 さすがに日本のマニアックな評論家らしく、その知識には頭が下がる。プロなんだねぇ。彼等の話の内容は、例えば「マイルスのアルバムベスト10」を選ぶ事なのだが、初っ端から「モダンジャズの最高峰」として広く知られているアルバム群を除外しようとするところから話が進む。その理由は「謎が無い。新しさは今でもあるが理解できた新しさだ」という事らしい。だから今の時点でのベスト10、または未来の音楽のためのベスト10という視点から選ぼうということだ。大賛成である。マイルスの50年代から60年代にかけての名作の数々を今も繰り返して聴いている人々の中に保守的、共和党的な人々やヤッピーが多くなってしまった今は、バイブレーションという点だけでも過去の良き思い出としてエルビス・プレスリーやフランク・シナトラ達と共に格納してしまうのがいい。僕自身、今もたまに聴く事はあるが、この時点でベストを選ぶ対象としてはズレを感じる。

 細かい話やアルバム名を飛ばして要約すると、ベスト10は未だに謎を秘め、よく分からないアルバムやマイルスの音楽の流れで変化の基点となるものが選ばれているようだ。この辺の対談の内容は僕には専門過ぎて分からない事も多い。が、選択する理由は「リズム主体」で、「不可解」で、「演奏がグニョグニョ」で、「謎を秘めている」という点が挙げられていた。これらの評論家達は、的を得た正直な意見でその論点を細かくサポートしていた。

 僕達ジャムバンドファンは正に音楽のこの辺りが大好きなのだ。デッドのわけの分からない雑音のような「スペース」やフィッシュの不可解にかつユーモアさえ感じるパターンの反復(しかも不可解な歌詞付き)、轟音で迫るジャムのピーク、つまりダイナミックな即興そのものを僕達は仲間達と踊りながら笑顔でシェアする。そこには僕達のミステリーに満ちた音楽への許容と探求があるのではないだろうか。心を広げて音楽を聴き、踊り、同じような周波数を放つ仲間を見出す。僕達にとってはむしろ当たり前のこれらの行為は、論争に耽ける評論家のみならず、大衆にとっては困難な事なのかもしれない。

 なぜそれが彼等にとって困難な事なのか。ジャムミュージックのファンから見れば2つの決定的な要素が彼等には未知なのだろうと思う。

 そのひとつは「ダンス」。マイルスのエレクトリックミュージック時代の音楽はビート、リズムが圧倒的に先行する。DJ達が「オン・ザ・コーナー」を聴いてサンプリングするのもむしろ当然の事で、マイルスは彼なりのダンスミュージックを創造していたのだ。評論家達も言っていたが、今のビート中心のダンスミュージックに通用する音楽を、マイルスは30年前にやっていたと言う事実には驚くばかりだ。ジャズはもともとダンスミュージックだった。マイルスのグニョグニョ音楽はビートをフォローすればかなり踊れるもので、デッドやフィッシュのジャムのピーク当たりで聴けそうな音楽だ。またスローな部分さえも僕達ジャムファンは自然にそのチルアウトなムードにゆらゆらと身体と感情で自然についていく。腕組みをしながらジャズ屋の椅子でじっとしていては楽しむ事も出来ないだろう。踊りながら聴けない、楽しめないとなると、残されているのは分析と論争だけだ。実際に多くの人々はそれを楽しみとしている。同文芸雑誌にはもう一つ、ブラックミュージックに通じる若い3人の専門家達による対談もある。若いという事だけではなく、むしろジャズオンリーの専門家ではない人々によるマイルス観はより核心に迫っていると感じた。それでも「マイルスを聴きながら踊る」というフレーズは見当たらなかった。

 もうひとつはサイケデリックな要素。マイルスのエレクトリック時代は60年後半から始まっている。彼自身ドラッグに関してはかなりハマっていたようだが、その内容は彼のキャリアの中で時を隔ててヘロイン(モダンジャズ時代)やコカイン(エレクトリック時代)という通常の人間はもちろん、ジャムバンドのアーティストやファンだって一生に一度でも経験してはならない悪性極まりないものだった。が、当時彼が出演し、そこに集まったファンの作る環境は、フリークが集まって心を解き放とうと試みていたショーの環境が多かったのではないか。少なくとも彼はデッドやジェファソン・エアプレーンなど、ジャムミュージックの元祖達と同じベニューでのショーに出演していたのは確かだ。マイルスが実際にサイケデリックスを経験したかどうかは定かではないが、その30年後に「何らかのポジティブな方法」で心や感情を押し広げた時、僕達と同じ周波数を持ち、彼独特の多様で、複雑、しかも互いに相容れない感情の数々がそれぞれのカラーを放ちながらすんなり僕達の中に入って来る事実は否定できない。

 この2点を経験していない人々にとって、マイルスの「グニョグニョ」は長い間結論に達しないまま分析され続けるべき代物なのだろう。ジャムミュージックのコアの部分がマイルスの音楽の中に確実に存在するという事に気づくことはないかもしれない。

 さらにもう1点付け加えるとすれば、マイルスの飽くなきサウンドとビートの追求、その姿勢そのものもジャムミュージックと大いに繋がる要素だ。「そこにあると分かっているものを弾くな。そこに無いものを弾け」と彼は若いミュージシャン達にアドバイスしたという。これは僕達が知っているジャムそのものではないか。

 グレイトフルデッドとの関係も深いギタリスト、ヘンリー・カイザーとトランペッターで音楽の教師でもあるイシュマエル・ワダダ・レオ・スミスを中心に、マイルスのエレクトリック時代の音楽でジャムるために結成され、単発的にショーを行ってきたバンド、Yo! Milesはサンフランシスコのジャムファンの間では、マイルスの音楽を前面に押し出したバンドとして注目されている。どの楽器をとってもバーチュオーゾ的なローカルミュージシャン達が集結する高度な音楽性でマイルス伝説を語り継ぎ、その上でジャムミュージックの可能性を追求している。フリーク達の反応を見ても、DJカルチャーだけではなく、ジャムの世界でもマイルスが示唆する未来の音楽の重要性を思わせる。

 マイルスは「ジャズの帝王」と呼ばれるくらいだからジャズなのだろう、となんとなく敬遠しているジャムファンには一度でいいから試して頂きたいクリエイター。特にノイズに近いような反復と、ソロがあまり目立たないようなバンド全体のサウンドを押し出しているようなところでは、みんなきっとダークなグルーブで踊れるに違いないと思う。マイルス自身が意図したように、ボリュームを上げて聴いて踊ってみてほしい。そこに浮き上がるスペースはきっとみんなが以前一度はどこかで経験したものに違いない。僕のお勧めアルバムをリストアップしてみたのでご参考に。

「アガルタ」
「パンゲア」
「ライブ・アット・フィルモア」
「オン・ザ・コーナー」
「ビッグ・ファン」
「ビッチェス・ブリュー」
「ライブ・イーブル」
「ジャック・ジョンソン」

文 by wolf

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