2004年06月11日
ベルリンのホットスポット

ベルリンに着いて五日間、私たちは滞在しているアパートの周囲一帯からあまり出ることなく過ごした。ベルリンの壁が崩壊する以前は東ベルリンだった所だ。この近所はカジュアルでトレンディー、またはファンキーなカフェからパンクが集まるヴェジタリアン・カフェ、ビアガーデン、ヘルスコンシャスでエスニック色も豊かなレストランの数々、インデペンデントのブティックやギャラリーが集中していて、なかなか面白い所なのだ。毎日、この近所のどこかで何かが行われている。私たちは着いたその日からすっかりここが気に入ってしまった。
若い世代を中心とした人々が住んでいて、彼らの表情は想像していた以上に明るく、フレンドリーである。春の日差しが射すと彼らはカフェの路上のテーブルに集まり、穏やかに微笑みながら静かに話をする。私は、パンクカフェのお兄ちゃんにさえも見られるこの穏やかさが大変気に入っている。もちろん誰もがそうであるわけではないのだが、例えば人出が多い週末の夜の路上や、DJがいる混んだカフェでも、この穏やかさが全体的なのだ。
ベルリンの人々の表情や態度の明るさや味わいのある穏やかさは、ベルリンの壁の崩壊後、表面に現れてきたものなのだろうと想像している。十九世紀半ばから戦争を続け、ドイツ帝国が成立し、第一次世界大戦を経験し、その大戦の莫大な代償を払って餓え、ヒットラーの独裁、敗戦、そして冷戦と百三十年にも及ぶ動乱の中で人々は苦しみ、生きのびた。この動乱の時代に生きたドイツの女流芸術家、ケーテ・コルヴィッツは一般人、特に貧しい人々の苦難を描いたのだが、第二次世界大戦終戦直前に亡くなった彼女の作品に笑顔は見られない。

ベルリンの壁の崩壊はほんの十数年前の出来事である。以来、ベルリンに留まった若者たちは、自分達が持つ自由を文字通りゆっくりと噛みしめながら彼ら独自のカルチャーを作り上げている。彼らの穏やかさは、一歩一歩自由であることと正しい道を歩いていることを確認しながら、味わいながらポジティブな未来へ向かっている事に原因があるのではないか。
めぼしい美術館やギャラリーを訪ねたり、心和むティーアガルテンに本とカメラを持って遊びに出かける以外は、このホットスポットを大いに楽しもうと考えている。戦勝の記念碑や僅かに残された壁を見に行くよりも、ベルリンの若者たちの今を体験する方がベルリンの今を見ることになるからだ。
Posted by taro at 2004年06月11日 16:01ベルリンの人々に穏やかさを見つけたとのこと、面白い発見。 長い苦難の道を来たゆえに辿りついた穏やかさだろうか。
Posted by: toshi amino at 2004年06月14日 00:56太郎と一緒にドイツ語を学んだのはもう30年も前のことになるんだね!? もう挨拶くらいしか出ないだろう?
宿題をやらないで、田中先生に暗誦させられた「ニーベルンゲンの指輪」の一つの章 (Doppelhochzeit)はまだ少し覚えているよ。
アルス、ダス、フェスト、ツー、エンデ、バール、ベン、ジークフリート、アップシートネーメン、ムステ。
(祭りが終わりに近づいた時がジークフリートが別れ告げる時だった)。ちょっと違ってるかも知れないが・・・。
健康に留意して旅を楽しまれたい。
