2004年06月17日

芸術の居場所

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ベルリンのオストバーンホフ駅からスイスのバーゼルへ向かうECの車中で、ある立派な若い紳士が私たちの関心を捕らえた。私たちのすぐ前の予約席にどっかと腰を下ろした彼は、オールバックの髪、ビジネスマン然とした服装、革製のビジネスケースのいでたち。時計はもちろんローレックスのクロノグラフだ。病み上がりなのか、アレルギーなのか、彼はくしゃみと鼻づまりに悩まされているようで、しきりに大きな音を立てて鼻をかんだりすすったりしていた。その上携帯で連絡をとりまくるものだから騒がしい事この上ない。

この若くて騒がしい小太りの紳士を私は「フェリペ」と呼ぶ事にした。私たちは、彼は美術商人かも知れないと冗談を言ったりもした。フェリペは朝刊に載っていたポルシェ911の最新型のレヴューとスポーツ欄、そして経済欄を熱心に時間をかけて読んだ。彼が実際に美術商人だと判明したのはバーゼルに到着する直前、彼がビジネスケースから取り出した手紙が、世界各地のギャラリーからのものだったからだ。彼はそれらの手紙に目を通し、さらに美術雑誌をペラペラと数分めくった後、エロ写真満載のタブロイド新聞をゆっくりと読み始めた。

フェリペがバーゼルに出張するのは、毎年行われる世界最大のアートフェア、「アート・バーゼル2004」に参加するためだ。このフェアには世界を代表する現代美術ギャラリーの最高峰が集結する。生きている出展アーティストであればもちろん参加するだろうし、世界の著名な美術収集家たちもやって来る。そして私たちもこのフェアで少なくとも丸一日過ごす予定だった。

私たちは、美術ビジネスの現状について、アムステルダムの「Kunst Rai 2004」で少しばかりは理解を深めたつもりだった。しかし、フェリペの行動を約七時間にわたって観察するに至って、本当にこのような人たちが美術を理解し、正当な値段を付け、ビジネスをしているのだろうか、と少々心配になってしまった事は事実である。

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一方、スイスに入国して間もなく、少なくともこの国の人々にとって芸術というものがどのような意味を持っているのか、社会での地位を占めているのか、を示唆する発見もあった。

すでにご承知の方もおられると思うが、スイスの紙幣には芸術家たちのポートレイトと作品が使われている。彼らの業績は一センチ四方の小さなスペースに極細の文字で記述されている。日本の夏目漱石を除いて私は他にそのような例を知らない。ヨーロッパの他の国でもユーロ導入以前にはそのような例が多くあったのだろうか。

紙幣に見られる偉人はその国の建国や独立、発展に貢献した政治家たちや戦争に勝利した英雄たちだ、というのが私にとっては普通である。スイスの色鮮やかな紙幣を飾るのは美術家、文豪、音楽家である。この些細な発見で、スイスの国民性が理解できるわけはないが、ちょっとしたヒントになるのではないだろうか。そしてこの国で開催される世界を代表するアートフェアに集まる無数の「フェリペ」たち。

スイスには一週間ほどだけ滞在する予定だが、この数日間でさらにどんな発見があるのか、楽しみだ。

Posted by taro at 2004年06月17日 09:58
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