2004年09月17日

リンゴとひまわりの種

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雲南省は山が連なり、豊かな自然と肥沃な土壌に恵まれた土地だ。広大な中国の中でもユニークな特徴を持つこの一帯は、チベット、ミャンマー、ラオス、ベトナムとの国境を持ち、漢民族以外の文化を見ることが出来る地域でもある。点在する街と農村には様々な少数民族がそれぞれのコミュニティーを持ちながら、中国国民として生活している。雲南省にはシュアン、フイ、イ、ミアオ、チベット、モンゴル、ヤ、バイ、ハニ、ダイ、リス、ラフ、ワ、ナシ、ジンポー、ブラン、プミ、ヌ、アチャン、ジヌオ、ドルングなど25種族の少数民族が住んでおり、その中で麗江旧市街の観光産業に関わっているのはほとんどがナシ族だが、郊外の農村にはバイ族も住んでいる。

麗江の西南約75キロにあるバイ族の村、九河ではちょうどその日市場が開かれていた。市場では村人が必要とする日常品が売買されていて、特に民族特有と呼べるものはない。変わったものと言えばそこに迷い込んだ私たち自身であろう。そんな私たちを見て人々は屈託のない笑顔を見せてくれる。「試しに食べてご覧なさい」と手招きされて、私はおばさん二人が売っているコンニャクを食べてみた。一皿四切れで五角(日本円で五円)。日本のコンニャクよりも柔らかくジェリーの様で、大豆の甘さを少し味わった後、噛むまでもなく口の中で溶け、香辛料の後味が残る。

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市場を歩いていると子供たちが騒ぎ始め、私たちはいつの間にか大勢の子供たちに囲まれてしまった。デジカメを向けるとこれほど楽しいことはないかのようにはしゃぐ。子供たちに撮したデジカメ画像を見せるともういけない、次の画像に入りたいと大騒ぎになる。小学校の休み時間だったのだろうか、それとも授業を抜けて来ていたのか、先生が待つ校門の前に辿り着くと名残惜しそうに教室へと戻っていった。

穏やかな初秋の一日。ここ数日は雨続きだったが、この日も雲は多いものの太陽が顔を見せている。秋の収穫、特に米の収穫は間近だ。古い家屋の前では人々が集まって話し合っている。村全体が忙しくなる前に人々がゆったりと集える一時と言ったところだろうか。

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ナシ族の村、拉市は九河から麗江への帰り道にある。村はリンゴ樹園の中にあるのかと思うほどリンゴの木が多く、その枝は赤や緑の実で重い。昼下がりの静かな時間、女性たちは村の中心にある腰掛けのある交差点に座り、手仕事をしながら井戸端会議に花を咲かせていた。ここでも村人たちは東洋人の男とアメリカ人女性というおかしなカップルに警戒心を感じさせない大らかな笑顔を見せる。

二人の老婆が彼女たちの自宅へと招待してくれた。私たちが訪れた二軒の家はそれぞれ立派な門を持っていた。門を過ぎ、20メートルほど歩くと家屋に囲まれた中庭がある。門に近く、北向きに建てられた小屋は豚や鶏の家畜が飼われ、番犬が彼らを守り、中庭の奥に人間が住む南向きの母屋が建っている。南に向かって左右の建物には子供たちとその家族が住む。

中庭は綺麗に整理されていて、クルミの木などの植物が鉢に植えられ、その広い地面にはトウモロコシとひまわりの種が干してある。老婆たちは中庭を見渡す縁側に私たちを座らせ、新鮮なリンゴとひまわりの種を勧めてくれる。大量のひまわりの種を私たちのポケットにまで突っ込んでくれた。家畜と番犬に囲まれて、私たちは彼女たちの話を聞く。

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この二人の老婆それぞれの長い人生は、中国の近代史並びに現代史を反映して変化に富みかつ複雑である。彼女たちは農民であることで文化革命を乗り切り、亭主が亡くなった後もそれぞれの家族を守りきった。今は子供や孫たちに囲まれながら農作業に励み、静かにゆったりと過ぎる時を楽しむ満足な生活を送っているようだった。何にも増して笑顔が彼女たちの幸福を語っていた。

Posted by taro at 2004年09月17日 18:55
Comments

小生がまだ小学生であったころ山村の分教場で先生をしていた祖父を訪ねると、まさに太郎とリンが雲南省で出会ったような光景や人々に出会ったものでした。 そのような光景や人々を我々は何時失ってしまったのだろうかと思いながら読んだ次第です。

Posted by: 網野俊賢 at 2004年10月12日 07:40

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