2004年10月26日
インドへ

「デリーは酷い所だ。」これまでの旅の間に出会ったトラベラーたちから何度もそう聞かされていた。インドへの旅立ちが近づくにつれ、私たちの間には緊張感が漂い始めた。そして今デリーに居るわけなのだが、実際に来てみるとそれ程酷い所だとは思えないのである。デリーは今まで訪れた街とは確実に異なっているけれど、多々ある相違点は必ずしもネガティブではない。
デリーでの最初の数日間宿泊する予定のゲストハウスはバンコックのインターネットカフェから予約した。アメリカに住むインド人の友人や同僚たちのアドバイスを考慮して、空港からゲストハウスまでの送迎車も予約しておいた。早朝6時の到着だったにもかかわらず、私たちは問題なくチェックインして仮眠を摂ることが出来た。もっとも、このゲストハウスは監獄のような3メートル四方足らずの部屋で、窓はなく、バストイレも機能していなかった。とても満足できるものではなかったため、翌日早々に宿を換えることにした。

午後から夜にかけて私たちはそのゲストハウスがあるコナウト・プレイス(セントラルパーク)周辺を歩き回った。市内でもよく知られる円状のショッピング街だ。歩いているだけで実に多くの人々が声をかけてくる。そのほとんどは私たちに何かを買わせたい人たちなのだが、今のところ「ノー」と言い続ければ問題なく立ち去ってくれる。物乞いについても同じだ。「信用できる旅行会社」を紹介してあげようと言い寄ってくる英語が上手い若者たちも同様。モンゴルや中国ではもっと手を焼いたのを思い出したほどだ。

食事については、これも中国で会得したルールを応用してレストランを選べばそれ程悪いことにはならないだろう。つまり比較的清潔で、照明が明るく、多くの人々が食事していて、しかも予算に見合うような所だ。コナウト・プレイスや二軒目のホテルがあるパハルガンジ一帯を少し歩くとそのようなレストランは案外簡単に見つかった。私たちは早速シリコンバレーでも頻繁に食べる「インド人のためのインド料理」を味わった。
もしアメリカから直接ここに来たのなら、私たちはこの街に圧倒されて第一印象ももっと違ったものだったかも知れない。それとも、多くのインド人が住むシリコンバレーである程度の予備知識を得ていたのだろうか。バックパッカーではない私たちが、出来るだけの準備を整えたからだろうか。特に空港での出迎えを予約したのは正解だった。ともかく、私たちは意外にもすんなりデリーに入り込めたと言えるだろう。

同時にインドがそれだけの国ではないことは明白だ。私たちの目が飛び出て開いた口が塞がらない経験が待ち受けているはずなのだ。オールド・デリーの赤い砦周辺に広がる商店街を歩いただけでもそれは確認できた。デリーはそんな経験に満ちた三ヶ月の出発点なのである。
Posted by taro at 2004年10月26日 17:31五年ほど前に三ヶ月に一度はインドに行っていた時期があった。運良く、ムンバイとデリーといった大都会が訪問の中心だったが、時にはとんでもなく田舎のグジャラートの海岸沿いのプラント建設の予定地にも赴いた。
仕事をまとめるのが役割だったので、お役人達ともパートナーである有力者とも打ち合わせを重ねたが、仕事は殆ど前に進まない。物ごとを決めるためのプロセスや時間に全くついて行けず、物差しが違う、と強く認識したが、これに慣れる、ということもなかった。
インド人のインテリ連中は「インドでは民主主義が徹底しているので物ごとが決まらない。」と鼻高々の風情でいう。この理屈が理解できない、という訳ではない。インド人の議論好きも嫌と言うほど良く判ったが、ここで考えた。民主主義とは何ぞや? 民主主義であろうと、社会主義であろうと、全体主義であろうと一般的には物を決める社会のプロセスの在り方、手法を指すのではないか、という気がした。議論百出で何も決まらない、ということであるのなら、それは社会の在り方に問題があるし、それを放置し、変えようとしない(少なくとも外人である自分にはそう見える)民族の(それがたとえごく一部の階級であるにせよ)性癖をそのまま体現しているのではないか、と感じてしまう。
南アフリカ共和国や、マレーシア、果ては中米のトリニダードなどインド以外にいてインドを知らないインド人も多く知っているが、共通する部分がある。結局は民主主義ではなくて個人主義なんだろうと結論付けた。インド人は世界中に散らばって、重要な役割を演じている。しかしインドというところは世界で一番インド人が沢山住んでいる地域、それ以上の場所ではない。
インド人を嫌いではない。とても真似のできない優秀な人たちが沢山いる。温かくバイタイリティーに富んだ大好きな人もいる。でも国家としてのインド、というのは理解に苦しむ部分が多い。インドであるとか、インド人である、というのは、国家、人種、民族を超えたある種の人間の在り方を指すのではないか、と言う気さえしている。そのように考えると、周りにもインド人はうじゃうじゃいる。
残念だったが、インドのそのプロジェクトからは大分前に手を引いた。そして、とてもインド的であるのだが、そのプロジェクトはその時のまま、今でも止まったままである。やめた、とか手を引いた、などと標榜する行為そのものが極めて非インド的なのだろう。インド人ならそんな余計な事、少なくともプラスにならない事は言わないだろう。白黒をつけたがる人間(およそのビジネスマンは全てそうである)にとってインドは、インド人は厄介な「思想」であり難解な「哲学」そのもの、であるのかも知れない。
存在のコアの部分がヒッピーである誰かには感じるものが多い国かも知れぬ。でもまずは腹を壊さないようにな。ヒッピーでもピーピーになると思想や哲学どころではなかろうから。
Posted by: 別所 at 2004年11月08日 21:49