2004年11月04日

黄金の夜明け

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夜明けの太陽が黄金の寺院を輝かせている。寺院の核を成すハリ・マンディル・サヒーブがアムリト・サロバール(「神酒の池」)と呼ばれるほぼ正方形の池の中央に浮かび、その荘厳な姿が水面に映えて揺らめく。ここプンジャブ州のアムリトサル(池の名前から名付けられた)にある黄金の寺院は、インド国内だけでも1,800万人いると言われるシーク教徒にとって最大の聖地として世界に知られている。(ちなみに1919年に大英帝国軍の兵士たちが約2,000人ものインド人を射殺し負傷させたジャリアンワラ・バグという広場は、皮肉にもこの静かな進行の場からわずか150メートルほどの所にある。)その門をくぐる前にはターバンやバンダナ、またはショールで頭を覆うことが例外なく義務づけられる。そして寺院に参拝するために靴を脱ぎ足を洗って身を清める。煙草や酒、革製品の持ち込みは絶対に許されない。

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夜明け前、寺院の門に近づくと、聖歌とインド風のパーカッションが涼やかで新鮮な朝の空気に共鳴しているのが聞こえてくる。早朝の大理石の冷たさを感じながら入口を抜けると、日の出前のハリ・マンディル・サヒーブが見えた。信者たちは池を隔てた大理石の上で跪き、シーク教の聖なる書であるグル・グランス・サヒーブが祀られる建物に祈りを捧げる。

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ここを訪れる人々は入口から入ると時計回りに池の周囲にあるパルカルマと呼ばれる歩道を歩く。水辺はそのままガート(沐浴場)となっており、人々は肩まで水に浸かって祈りを捧げる。若い男たちはターバンではなく、ヘアバンドで頭を覆いながら若者らしいファッションを着ているから、一見ヒップホップ系。女性の多くはサリーをまとっていた。水辺に座って瞑想する人、建物の影に集まって静かに会話をする者、聖水を飲んで満足げな巡礼者たち、写生をする西洋人の旅行者。パルカルマを単に歩くだけではなく、人々は純粋にこの場所に心の平和を求め、それぞれのやり方で求めるものを見いだしていた。そして人々の耳には絶えずメロディーを伴った聖なる書の言葉が、ハルモニアやタブラの伴奏と共に響いている。

そんな光景を眺めていると、朝日が差し入ってきた。大理石が黄色、オレンジ色、ピンクに染まって寺院内のムードに活気が生まれる。その中心にはやはり圧倒的な存在感を持つ黄金の建物があって、視界から離れることはない。

黄金と言っても実際に金が使われているのはハリ・マンディルの屋根にあるドームのみでそれ以外は真鍮なのだそうだ。それでもそのアラビア風の外観と、「グルの橋」を渡って傍に近づくと見えてくる繊細なディテールの素晴らしさには変わりはない。ハリ・マンディルの内部では常に四人の高僧たちが聖なる書を読み、人々に祝福を与えている。一階の中央の床には高僧の一人を囲んで音楽家たちが休むことなく演奏を続け、信者はそれにうっとりと耳を傾けながらゆったりとくつろいでいた。

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シーク教はヒンズー教の一派だが、意図的に多くのイスラム教要素を取り入れた一神教であり、かつ偶像崇拝を拒む。従ってシーク教最高峰の10人のグルが描かれた絵以外、神々の像はこの寺院には見当たらない。寺院内の清掃が整っていることや建築の全てが大理石であることで神聖な印象がさらに高まる。門の直ぐ外に広がる埃だらけの街と混乱に満ちた雑踏とは対照的で、シーク教とではない私たちをも敬虔で平和な気持ちにさせる説得力があった。朝日が高く昇り、私たちがアムリトサルを発つ時間となった。次の訪問地へと向かうことがなければ私たちは丸一日その場にいたかも知れないと思うほど、この寺院には穏やかで安らかな気持ちになれるエネルギーが満ちていた。

Posted by taro at 2004年11月04日 16:46
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