2004年11月07日
ガンガに浸かる

ガンジス川、現地の名はガンガ。ヒンズー教徒にとってこの川は聖なる川または水であり、インドそのものの母であり、存在の源である。ガンガが流れる聖地としてはインド北部のベナレスが広く知られていて、多くの観光客や旅人たちがこの国を代表する文化や風習を見ようと集まる街らしい。残念ながら私たちのインド滞在予定にはベナレスを組み込むことが出来なかったが、ウッタランチャル州にある二つの街でこの川と人々が織りなすスピリチュアルな光景に接することが出来た。共に観光客が比較的少ない街である。
ハリドワルはガンガがちょうどヒマラヤ山脈からデリーを擁する大平野へと流れ出す地点にあり、数あるインドの聖地の中でも最も重要だとされる。また、ハリドワルは宗教的な祭りの中でも世界最大と言われ12年に一度行われるクンブー・メラのサイトでもある。インド国内外からの巡礼者も後を絶たない。街そのものはそれ程大きなものではなく、インドでは比較的静かな所だ。ガンガの水は澄んでいて、ドキュメンタリーなどで観たベナレスの水に比べて清潔さでは格段の差があるようだ。

この街の大きなガート(沐浴場)で人々は聖なる流れと神々に祈るだけでなく、ありとあらゆる日常生活そのものを営んでいる。私たちの通常の生活では常に家の中や壁の向こうで行われている行為、特に水を必要とする仕事がこのガートでは公然と、しかも全てが同時進行で繰り広げられていた。この場所で人々が表現する感情にも喜怒哀楽の全てが同時に見て取れた。その光景は驚きであり神秘的であるとともに、ユーモア一杯でもありサイケデリックでもある。(逆に、日本人や西洋人にも共通の「日常」は、それを全部同時にさらけ出してしまえば驚きとなり得るものなのだ、とも言えはしないか。)

ハリドワルの北東約25キロにはリシケシがある。今日ヨガや瞑想の中心地であるこの小さな街は、1960年代にビートルズが彼ら(特にジョージ・ハリソン)のグル、マハリシ・マヘシュ・ヨギを慕って訪れた場所として世界的に知られることとなった。熱心なヒンズー教徒にとっては、ヒマラヤ山中にある巡礼地へ向かう拠点となる。インド北西部は11月でも暑さを感じるのに比べ、ガンガに臨む谷に位置するこの街では毎日夕方から朝にかけてヒマラヤからの強風が吹き、夜はかなりの寒さを感じた。
夕日が沈む頃には花、お香とロウソクを聖なるガンガに流して祈る人々で川縁が賑わう。この儀式は「ガンガ・アールティ」と呼ばれ、リシケシュだけではなく、ハリドワラはもちろんインド各地の聖地で行われるものだ。川の流れ、鐘の音、人々の祈り、川岸で奏でられる音楽が聞こえる中で、巡礼者たちが油に灯を点して念願だった祈願を唱えるのを私たちは無言で見つめていた。

ある友人がここに来るのを勧めてくれたこと、中国の昆明で出会ったトラベラーが「ベナレスには行かなくてもリシケシはインドへ行く度に必ず訪れることにしている」と言ったことの理由が分かるような気がする。リシケシでの二日目、自分たちもガンガの水で身を清めようと散歩に出かけた。渓谷に架けられた吊り橋を両岸にあるアシュラムを見ながら渡り、川の上流に向かって少しばかり歩くと大きな岩の合間に砂浜が点々とある場所が見つかった。下流では広くゆったりと流れるこの川も、ここではまだ渓流である。谷間のガンガは恐ろしく深く、流れは速く、そして水は冷たい。川から上がった後、稚拙ながら気功をやってみた。強く乾いた日差しの中にもかかわらず、ガンガの清い流れのすぐ傍で感じたエネルギーは静かで冷ややかな清浄力に満ちたものだった。ふと見ると数人の旅行者たちもそれぞれのやり方で瞑想に耽っていた。
ヒンズー教徒ではない人々までが惹かれるこの地もある程度の騒音は免れないが、カオス的なインド各地の街にはない精神的な静けさがある。ヨガや瞑想を学ぶもよし、川岸で日光浴をするもよし、旅の疲れを癒すもよし。目的が何であろうと、ここにはヒマラヤの麓を流れるガンガが人々を招いているような気がする。
Posted by taro at 2004年11月07日 16:52