2004年12月09日

サンデーマーケット

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毎週日曜日の朝開かれる「サンデーマーケット」はアーメダバッドの中心を流れるサバルマティ川を渡るエリス橋の傍の川岸で開かれる。エリス橋の袂周辺は、普段は土手と水辺の間に広い空き地と「ジプシーピープル」の居住地がある汚いだけの場所のだが、日曜日になると大勢の人々で賑わうという奇妙なところである。橋の袂は新しい家具や家庭用品を売る屋台と市場に出入りする人々で混雑していた。そしてさらに川に近づくと、この市場でもっとも興味深いエリアに入り込む。

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川縁には崩れかかった煉瓦建ての小屋、テント、コンクリート製の洗濯場がその一角にあって、生活の臭いが漂っている。対岸を望む水辺を見ると、川の傍での生活が見て取れる。子供たちが凧揚げをして遊ぶ。老人たちはゴミの中で何かを掘り出している。その直ぐ傍で何人かは大便中だ。ブタの一家がその間を歩き回り餌を漁っている。売る者はプラスチック製のシートを広げ、その上に商品を並べる。買う者はその間を歩き回って物色する。乾燥した土埃が舞う。強烈な12月の太陽の下で繰り広げられるインドの日曜日の光景だ。

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ここで売られているものは新品の日用雑貨から中古品やアンティークなど。どんな「中古品」なのかと訊かれたら、「バリエーションに富んでいる」とか「ありとあらゆるもの」としか表現できない。あるいはこれらの物質が陳列されている様子を表現して「即席のインスタレーションアート」とも呼べるかもしれない。つまり、我々が日常生活で何気なく買い、使い、捨てるもの全てがゴミの中から手で掘り出され、中古品あるいは再利用品として売られているのである。

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売られている物の中で、明らかにアンティーク以外のものは、全てゴミから緻密とも言える驚くべき分別作業の結果採取されたものだ。その細かさは切れていない輪ゴム、安全ピンや押しピン、フタ付きのガラス瓶、メガネのレンズ、電気製品のコードや回路各種などに至る。壊れて機能しないものも、その場で修理できるものは直して売る。先進国にすむ人間の目から見れば驚きではあっても、この人々にとっては別に変わったことではない。使えるものは使い切る。壊れていれば直す。ゴミの山から再び売れるようなものは集めて分別する。彼らにはそれをこなす時間がある。

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一方、物色している人々は単に貧しい人たちが節約を目的として品物を探しているばかりではない。ここでは、一般の商店で今は扱っていない品物も売られているため、専門的な道具などを必要とする人たちにとっては掘り出し物を探す絶好の場所である。コレクターやコラージュアーティストにとっては最高の素材採集の機会だろう。NIDで同じく集中ゼミを教えているイスラエル人講師は木工による家具デザインやアートの専門家だが、彼は木工を始め古いが今も必要な中古の工具がふんだんに並べられているのを見て大いに感心していた。

この市場、聞けば同じ場所で千年以上も続いているらしい。今見るこの状況も驚きだが、これがそんなに長い間行われてきたというのも凄い。昔は一体どんなものが売られていたのだろうかと思いをはせるのも興味深い。その間、おそらく何物も無駄にされることなく全てのものを極限まで使い切ったのだろう。この人たちが今も水瓶や宗教的な偶像や道具を必要するのを見ると、千年の間も基本的な日常の必需品にはそれ程変化はないのかも知れない。

Posted by taro at 2004年12月09日 16:57
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