2005年01月02日

燃えるサンタ

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2005年はインド南部ケララ州のコチ(またはコーチン)で迎えることになった。この島上の街は、16世紀、ポルトガル、オランダ、イギリスなどのヨーロッパ諸国が植民地政策を掲げてインド西岸へと進出し始めた頃に築かれ、様々な西洋文化の名残が今も市内に多く見られる。本土側にあるエルナクラムという街から大きな川と海峡を渡る二つの橋を隔てたわずか9平方キロメートルの島にあるコチには、ヨーロッパ諸国によって建設された要塞やオランダ風宮殿を始め、海岸に沿って中国様式の網、カテドラルやシナゴーグが、ヒンズー寺院とモスクと共に点在しているのである。シナゴーグ周辺のユダヤ人街にはユダヤ系のインド人が今も彼ら伝統の生活を営んでいる。小さな島のメルティングポット。歴史の流れが織り込んだ多国籍文化のマイクロコズムだ。

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私たちがコチに着いたのは津波が起こってから2日目の午後だった。エルナクラムとコチ一帯での被害は最小限だったようだが、ここから直ぐ北のヴィピーン島では多くの人々が津波に流されて犠牲となった。ここ一帯の人々はその時もまだ全貌が知られていない悲劇を嘆いていた。ホテルや商店などは正常に営業されていたが、フェリーによるエルナクラムとの交通は停止中で、漁船も出ていなかった。やはり高波を警戒しているようだ。毎年元日に行われる海岸でのカーニバルも今回はキャンセル。西洋人のトラベラーはそこそこいるが、カーニバルにやってくる大勢のインド人観光客の姿はなく、街は結果的にひっそりとしている。それでも現地の人々の表情は明るく、心配されていた「第二の津波」についても「ここなら安心だ。ゆっくり楽しんでくれ」と笑う。

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海風が街の中では吹かず、通風がないコチ市内の空気は蒸し暑く重い。夕方になるとやたら多い蚊につきまとわれるのには大いに閉口する。が、その多文化が混在する市内のたたずまいとアートや芸能を奨励する環境はなかなか面白い。絵や彫刻の展示スペースを持つカフェが一軒。ユダヤ人街にも現地アーティストを含むコンテンポラリーアーティストの作品を展示するギャラリーが二軒あった。伝統芸能もある。その代表はインド南西地域に古くから伝わり、今も活発に行われているカタカリ舞踏だ。コチにはこの舞踏が観られるケララ・カタカリ・センターがあって、毎日カタカリや他の伝統舞踏、インド古典音楽などを提供している。

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大晦日の夜、私たちはこのカタカリ舞踏を観に行くことにした。この日の上演は津波生存者たちへの募金も兼ねていた。カタカリは舞踏によるドラマで、その起源は古く2世紀に溯るとされる。加えてこの舞踏は神聖なものとされ、舞台小屋に続く小道は、水を打ち、花を添え、香を焚き、白い粉でランガヴァリのパターンを描いて浄めてある。この舞踏は役者による演技、奏楽と歌によるストーリーによってミステリアスに進行する。舞台際と両袖にはオイルランプを灯し、香を焚いてその神聖さを強調している。内容はマハーバラータ神話が中心である。小さな舞台、百人足らずの観客。それでも舞台は神懸かりにも近い強烈で白熱したエネルギーを帯びる。これをほんの1時間でやってしまうのだから驚きだが、正式な舞台は6時間以上続くというからそれがどんな体験なのかは想像もつかない。

舞台がはねた後、私たちはホテル周辺で年が明けるのを待った。現地のクリスチャンたちが聖書を手に聖フランシス教会へと歩いていく頃、街は静けさに覆われていた。このカテドラルは、ポルトガルのペドロ・アルヴァレズ・カブラル率いる遠征隊と共に上陸したフランシスコ派によって1503年に築かれたといわれ、ヨーロッパ人によって建てられたインドの教会としては最古のものである。現在は聖公会の教会として現地の人々に慕われている。この教会に入ってしばし静かに座る。信者たちは三々五々新年のミサに出席するため集まり、聖堂に入ると静かに跪いて祈りを捧げている。

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ケララの新年はどういう訳かサンタクロースの衣装とお面で覆ったわら人形を燃やして祝う。真夜中も間近に迫ると、近所の人たちがサンタを担ぎ出して点火場所を決める。その一つは聖フランシス教会の壁の外側だった。カテドラルからは聖歌が一段と高らかに聞こえてくる。そして午前0時。サンタに火が点けられ、燃え始めた。すでに近所の人々や歓声を上げながらバイクで通りかかった若者たち、西洋人観光客などが取り巻いて騒ぎ始める。突然、爆竹が数十個炸裂した。どうやらわら人形の中に仕込まれていたらしい。仕込まれていたのは爆竹だけではなく、打ち上げ花火も数個入っていて、どこへ向かって発射されるかはその時になってみないと分からず、物騒極まりない。幸運にも打ち上げ花火が我々に向かって発射することはなかったのだが、あの忌まわしい「アトムボム」も一発仕込まれていて、そこにいた人々は当然その爆音とショックの犠牲となった。

サンタが燃えてしまった後、取り巻いていた人々は「ハッピーニューイヤー!」を言い、握手したり抱き合ったりしていた。皆の表情は明るい。年を越えるとき、そこに必ず笑顔があるのはどこでも同じのようだ。神秘的なカタカリ舞踏の沸き上がるエネルギー、カテドラルから流れる聖歌の厳かさ、燃えて爆発するサンタの滑稽さとが頭の中で相混ざった。今まで「不思議なニューイヤーズの体験」は何回もしてきたが、さすがに今回のような異色の大晦日は始めてである。この旅を通じて経験することが出来た恵みのひとつでもあるだろう。

Posted by taro at 2005年01月02日 15:27
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