2005年01月19日
ハンピで「ホームステイ」

ハンピはかつてインド史上最大のヒンズー帝国、ヴィジャヤナガルの首都があった土地にある観光地だ。この町のどこにいても望めるヴィルパクシャ寺院へと続く道ハンピ・バザールとトゥンガバードラ川の間にこぢんまりと納まっている小さな町である。今年のサンカランティ祭は、今月13日と14日に行われ、それを祝う多くの巡礼者たちがここ一帯に数ある寺院とトゥンガバードラでの沐浴にやって来ていた。低コストの宿泊を提供する多くのゲストハウスやダールマサラでリラックスするインド人と外来の観光客も加わって、この小さな町はかなりの賑わいを見せている。ハンピではそれでもゆっくりと時間が過ぎてゆく。訪れる人々もゆったりと周囲に広がる遺跡を探索している。私の場合、この町はマラリアが回復した後の休養地として最適の場所だった。

周囲の環境はとてもユニークで、自然と人間が作り上げた驚きだとも言える。岩に覆われた地形とその間に点在する石彫刻に覆われた遺跡がまず全体的な色合いを定めている。巨大な岩がまるで巨人がばらまいたように危うく、美しく重なり合い何とかバランスを保っている。アリゾナ州のセドナやユタ州に見られるような風景と色だ。この地形の間にゆっくりと川が流れ、その西側には田んぼやバナナ農園やココナッツの林が淡い緑を添える。南側には岩をうがって彫り上げた寺院や石柱があり、その側面には初期のヒンズー教に見られる神々が洗練された技術で浮き彫りにされている。雲が少なく、青空が常にこれら全てを覆っている。日中は乾燥した鋭い日差しが暑く、何をする気にもなれない。私たちは日の出前後には起床し、朝食前に遺跡やバナナ農園や川の畔の畑を歩き回り、朝食後は夕方まで特に何もせずゆったりと過ごし、出かけたとしても大きなマンゴーの木の木陰でチャイを飲みながら寝そべるという生活を続けている。
宿泊しているのは、家族経営の宿泊所だが、ゲストハウスやホステルと言うよりも家族が住む家の一室と言った方がふさわしい。ハンピ・バザールから二筋ほど路地を入った所にあるこの家の周囲は一般家庭が住む現地の住宅地で、商店などは少ない。家の屋根からは繊細な石彫刻が白く浮かび上がる高さ50メートルのヴィルパクシャ寺院塔を真傍に望むことが出来る。部屋は小さな窓とやたら堅い鉄製のベッドがあるだけのごく基本的なものだ。ほんの30メートル足らずの路地にあるこの家の近所はお互い誰もが知り合いで何でもざっくばらんに話し合ったり井戸端会議をよく見かけるような、いわば長屋のような雰囲気だ。観光客目当ての売り込みたちが割り込んでこない静かな場所である。遺跡や周囲の環境の色合いが美しいこともさることながら、私たちが気に入ったのはこのご近所の人の良さと心地良さだった。

この家族は柔和な笑顔を漂わせながらそれぞれの日課をこなしていく。奥さんは、門前の地面に広い砂を使って毎朝夕異なった幾何学模様の「ランガヴァリ」を描き、私たちの目を楽しませてくれる。多くの家の前でも二枚に描かれるこれらの模様は、シンプルなものから複雑なものまでバラエティーに富み、砂埃や動物の糞やゴミが目立つ歩道に美しいアクセントを添えてくれる。奥さんは、その日のランガヴァリを描いた後、香を焚き、鉢に赤、サフロン、白のティッカ粉を用意する。そして家中の扉と格子を掃除しながらそれぞれを香の煙で浄め、ティッカ粉で飾りを塗りつける。ご主人はどこかの銀行のマネージャで、毎朝9時半頃から丸1時間かけて熱心にヒンズー教のプジャ(祈祷)を行い、遅い朝食を食べて11時頃悠々と仕事に出かけていく。奥さんはその日のお浄めの後も掃除、洗濯、洗い物、宿泊客の世話、ゲストハウスの掃除などに忙しい。息子はここから13キロ離れたホスペットという街の商社で忙しく働く会社員だ。宿泊し始めて直ぐに私たちはこの家族とうち解け、ゲストハウス経営者と宿泊客との関係には留まらないお付き合いを楽しむことが出来た。

息子のチャンドラがこの一帯で最も日の出が美しく見えるマタンガ丘に登ってはどうかと勧めてくれた。翌朝、彼は早起きをして、出勤前に丘の頂上までガイドしてくれた。奥さんが夕食に招待したいと言うので、ごちそうになった。チャパティ、バナナ・シカラニ(バナナをヨーグルトと砂糖であえたサラダ)、サンバー、スブジと呼ばれる野菜料理二種がテーブルに並んだ。何ヶ月も食べているレストランや食堂の料理とは全く異なり、やはり家庭料理は新鮮な食材と作る人の思いがこもっていてエネルギーが違う。夕食の値段を尋ねたら払う必要は無いという。私たちの狭い部屋では何も出来ないだろうと、母屋のダイニングルームを仕事場として使わせてくれた。リンの誕生日には朝食に彼女の好きなイドリとチャイも作ってくれた。一泊250ルピー(約600円)という安い宿泊費が申し訳ないような待遇である。
3ヶ月近くインドを旅してきたが、知り合いがいない場所で現地の人々と金と商売が絡まない会話が出来る機会はごく稀である。この国でのフレンドリーな会話は我々が「暫く話していればそのうち何かを買う気になるだろう」というビジネスの期待が常にその背後にあるからだ。買わないと分かった瞬間にあれほど振りまいていた笑顔が消え去るのをインドでは何度も見てきた。すぐ傍のハンピ・バザールでもすでに何度経験したことだろう。それとない現地の人々との会話がいつの間にか売り込みに変わり、私たちが興味を示さないとコミュニケーションは遮断され、売り手の目はすでに次の獲物を物色している。それだけにこのハンピの家族のようにビジネス関係の枠を越えて、真にフレンドリーなコミュニケーションを通わせる機会に巡り会うと嬉しく、正にこれが予定より長くこの町に滞在することにした理由だ。ハンピはインド国内でもよく知られる観光地だが、一方では観光地であり過ぎるこの町でも、この親切な家族の家に泊まり、朝早い内に周囲の遺跡を探検するだけで、雑踏と呼び込みの声を免れることが出来た。その上で、ハンピは私たちが訪れたインドの多くの場所の中でも最も印象深い町だと言える。
Posted by taro at 2005年01月19日 18:10