2005年03月18日

一国の首都

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ラオスの首都ヴィエンチャンが今まで訪れた国々の首都とは全く違っていることはまず間違いない。ある英語の上手いラオス人の女性が「この街を一言でどう表現しますか?」と聞いてきた。「眠くなるほどゆったりした街」という意味の「Sleepy」という言葉が真っ先に頭に浮かんだ。人口50万人の首都が眠くなってしまうほどのまったりさに満ちているのであれば、ラオス全国に住む600万人の国民もそれにも増してゆっくりゆっくり心地よく住んでいるのだろうと思えてしまうほどだ。(この事は、実際にラオス南部で経験済みである。)破壊と混乱に満ちたここ数十年の情勢がまだ記憶に新しいラオスだが、今日その首都はまるで何事もなかったかのように平然とし、穏やかだ。私たちが見る限り、怒りや緊迫した感情というものがここには見当たらないのである。

毎朝多くの市民がタラット・サオと呼ばれる中央市場に集まってありとあらゆる品物を物色する。午後にはご近所さん達が町角や家の前で井戸端会議に花を咲かせる。民放はもちろん、国営チャンネルさえ存在しないにもかかわらず、テレビは人々にとって欠かせない楽しみらしく、タイや中国のドラマやタイのポップス番組を夢中で見ている。夜になると、若者達は屋台でフルーツシェイクを飲みに集まり、大人達も屋台で呑んだり食べたりしている。トランプや、自家製のゲーム盤とビールやソーダのフタを使ったチェッカーで賭けをしている連中も多い。

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ヴィエンチャンは、観光客が訪れるような場所というもの自体あまり無い街だが、街並みはなかなかチャーミングな一帯がある。広い並木道にはラオス、タイ、中国、ベトナム、フランス、アメリカ、さらにはソビエトの影響を受けた建築が混在し、その間に寺院がひっそりと納まっていたりもして、そんな所では急がずリラックスして散歩できる。市街の南西側にはメコン川が流れ、タイとの自然な境を提供している。

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ここには私たちが外来の旅人として頻繁に悩まされる余計な勧誘もあまり無い。通常タクシーやトゥクトゥクの運ちゃんの強引で 絶えることのない勧誘に苛立つ私だが、ここではそれがないのが助かる。ヴィエンチャンでは穏やかな呼びかけに「ノー・サンキュー」と笑顔で答えると、運ちゃん達は笑顔を返しながら今度は「サムシング?」と訊いてくる。当初はこの「サムシング」がなんのことなのか分からぬまま「ノー・サンキュー」を繰り返していたのだが、暫くしてそれが「マリファナ買わない?」という意味であることが分かった。相変わらず首を振って「ノー・サンキュー」と返すと、彼らはそれ以上は何も言わずトゥクトゥクのシートで昼寝を続ける。

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ラオス南部とは異なり、ヴィエンチャンには美味い食べ物が多い。植民地時代にフランス人から学んだベーカリーの技術をラオスの人々が保持したお陰で、とても美味しいパンやバゲットやペイストリーは簡単に見つかる。ラオス風味のサンドイッチもある。長細いフランスパンにフレンチドレッシングまたはしょう油味のソースをからめた生野菜、チーズ、パテなどを挟んだもので、これが安くて非常にいけるのだ。ラオス産の豆で煎れた濃いコーヒー、チョコレート・クロワッサン、純正の中華餃子、そして高級ヨーロッパ料理店などがここには揃っていて、経済的というポイントを考えても最高である。

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街の中心街ではハーブを加えたスティームバスやマッサージのあるスパがトレンディーになっているようだ。その傍にはラオス伝統工芸品の厳選品を売るアップスケールなショップ。そこでは織物、刺繍、手編み籠、その他の伝統工芸が並ぶ。これらの製品の多くはモン族を始めとするラオス北部の少数民族が作るもので、質の高い製品で広く知られることで彼らの収入も安定するというわけだ。熟練した手で念入りに作られた製品は、さまざまな幾何学模様、生地、生き生きとした色彩を見せながら美しく仕上がっている。

この街のユニークさは他にもある。町中で走っている車の数が他の「首都」に比べて極端に少ないのである。これひとつだけでもゆったりした街の雰囲気を醸し出すに十分であろう。中心街の主要道路でさえも歩行者が道を渡るのは至って簡単だ。ラッシュアワーであるはずの時間帯の交通量も可笑しくなってしまうほど少ない。

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ヴィエンチャンのど真ん中には、ある種のゆったりした空っぽさと、他の国の田舎町にも等しいような印象がある。中心街から北東に向けて2キロほどにあるパタット・ルアングは、ラオスの人々にとって信仰の中心となる寺院であり、国民のアイデンティティーのよりどころである。同時にこの寺院はこの街で最も多くの観光客を集める場所なのだが、実際に行ってみるとほんの数えるくらいのビジターがいただけだった。

世界各国の首都に比べると確かに小さな街である。が、そんなヴィエンチャンにも変化と現代化が訪れていた。ミャンマーと同じく、ラオスも世界に向けてその扉を開き始めている。そして社会主義国が資本主義の未来に向けて直面し、もがいている場面を目の当たりにする場所としても、ヴィエンチャンは非常に興味深い街だと言える。あるトラベラーから聞いた言葉が思い出される。「ラオスは数十年前のタイを思わせるような国だ。」確かにそうなのかも知れない。事実、タイの大手銀行で多忙を極める一人の重役は私にこう言った。「ラオスのようなゆったりとした素敵な国で旅をしてみたい」と。

Posted by taro at 2005年03月18日 11:49
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