2005年03月22日

小道の誘い

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ある風景が私を捕らえて放さないことがある。それは、他の人々には何の意味もなさず、ただ視界の片隅から一瞬のうちに消え去るものかも知れない。今回、それは単純な日常の風景だった。一週間、毎日飽きることなくその風景を見続け、その美しさに我を忘れた。私たちはラオス北部への入口、ヴァン・ヴィエンの町からさらに北へ4キロ行った小さな村にある有機農園で滞在している。メコンへ流れ込む清涼な水を提供するナム・ソン川の川岸に、その農園はひっそりとある。川を越えて西側には、中国の墨絵を思わせるような切り立った山がそそり立ち、その荒々しい側面には木々が思いがけない濃さで茂っている。

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川に面して立つ農園の小屋は、壁が無く見晴らしが良い。冷やしたオーガニックのクワ茶を味わいながら、私はそこから見える風景から目をそらすことが出来ない。川の向こう岸には一本の木が威厳を放って立っている。太く逞しい大枝を広げ若緑の葉に陽の光を受けながら、照りつける暑い日に嬉しい大きな陰を投げかけている。その根は土の上と地下に荒々しく走り、土手の側面をしっかりと握りしめながら、澄んだ川の水を思う存分吸い上げて繊維一筋一筋の糧としている。

そしてそこには川岸から土手の急斜を登ってその木の向こう側へと消える小道が這っている。石段もなく、ただ人々が通い慣れた土の道で、頭上は木の枝が覆っている。川の手前から見ると、夕方近い日の光が西から差し込み、その道を照らし、川の流れに反射してキラキラと眩しい。私はその小道を「誘う小道」と名付けることにした。もっともその道は、向こう岸の土手と背後の山の間にあるほんの小さな農地に至るだけのものだと知れているのだが。

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その風景はある時間になると水浴びに来る村人たちで賑やかになる。朝夕2度、村人たちは必ずここへ来る。乾燥した酷暑が続いていて、午後も早い時間、夕方の行水を待てない村の子供たちがこの川岸へやって来て川で遊ぶ。速い流れに乗って泳ぎながら発する彼らの無垢な笑い声が夕方まで絶えない。川向こうの農地で働く人々は、鍬を肩に載せ、歩いて川を渡る。日暮れも近い夕方になると、丸い石が広がる川岸は川の水を使いに来た村人で賑わう。洗濯したり赤ん坊を洗う母親たち。子供たちは身体を洗っているのか遊んでいるのか分からない。若い女たちはサロングに身を包んだまま身体を洗う。裸体を晒さぬように始終配慮しながらも女友達同士でにこやかなのが優美な印象を与える。

農園直営のゲストハウスには、宿泊客以外にも旅人たちが冷たい飲み物やオーガニックの食事に立ち寄る。彼らもこの光景に魅了されるようで、まるで瞑想に耽るように村人たちのこの日毎の営みを静かに見つめている。村人に加わって水を浴びたり子供たちと遊ぶものも多い。岩山のお陰で夕日が沈むのは早く、私たちは一足先に涼しくなり始めた夕方の光を楽しむ。

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町へ行く必要は全く無い。ナム・ソン川でチュービングを楽しむのも一案なのだが、私たちは農園に留まり、暑くなると浅い渓流に身を沈め、川が身体を冷たく流してくれる感触を味わうことが出来る。日が沈むとコオロギとカエルの大合唱が一帯を圧倒し、私たちは他の宿泊客と静かな会話を楽しめるのだ。

時はこうして正に夢のように過ぎていく。数日泊まるだけの筈だった予定が瞬く間に一週間になってしまう。この光景の中に「誘う小道」が見え、子供たちの笑い声と川の流れが聞こえ、満ちゆく月の光の中で木々の話し声が感じられるような、そんな澄み切った新鮮なエネルギーに満ちたこのオーガニック農園さえあれば、本を読むことさえも忘れてしまう。予定を変更して滞在を延ばさざるを得なかったのはむしろ自然だと言えるかも知れない。

Posted by taro at 2005年03月22日 17:17
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