2004年11月24日

インドでは眠れない

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インドは実に騒がしい国である。デリーで運転手を雇って陸上を駆け回った28日間の旅もあと数日で終わろうとしている。その間、心安らかに眠ったのは数えるほどもなく、さらに写真撮影のため日の出前に起床したことも多かったため、睡眠不足に陥った。インドで静かな時間帯と言えるのはおそらく朝2時から3時間ほどだけだと思われる。別の見方をすれば、インドは生々しい生活のエネルギーに溢れ、混沌とした色鮮やかなバリエーションに満ちていて、さまざまな宗教のミステリアスな儀式が常に行われている、とも言えるのだが、それに慣れない私にとってはたまったものではない。

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ご存知のようにインドにはヒンズー教、イスラム教、シーク教、ジャイナ教などのさまざまな宗教が混在している。そしてその寺やモスクやアシュラムには必ずと言って良いほどスピーカーが備わっていて、毎朝早朝から大音量でお祈りやら聖歌やらを流すのである。モスクでの祈祷は毎朝5時から始まり、一日5回の礼拝がある。ヒンズー教やジャイナ教も負けてはいない。早朝から祈祷や信者に馴染み深い音楽を流す。さらに寺院に至る参道の両側には神聖な音楽のCDやDVDを売る店が並び、各店がこれも大音量でプレイバックしている。イスラム教寺院は毎日のスケジュールが決まっているため予想するのは容易だが、ヒンズー教は担当者の気まぐれに頼っているためか全く予測しない時間にヒンズーミュージック番組が開始される。シーク教は常に厳かさを保つものの、聖歌や祈祷の放送は徹底している。

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日中は街の雑踏と道路上の喧騒に圧倒される。インドでは車のクラクションが方向指示器や追い越し告知装置としても使われるため、クラクションの音は一日中休むことが無い。特にトラックや公共バスは大音量のメロディアスなクラクションシステムを装備し、オートバイも自動車のそれにアップグレードしているものが多い。

先日お伝えしたディワリ祭りの数日前から、爆竹と花火の炸裂音がこれらの音に加わった。特にあの忌まわしい「アトム・ボム」の強烈な爆発音は驚くほど遠くにまで響き渡る。インドには周囲に眠っている人がいるから静かに話そうというような習慣は全く無い。むしろ、これら全ての騒音にかき消されないようにと声を上げて会話を続ける。遠くから誰かを呼ぶときなどは恥も外聞もなく声を張り上げる。

現地の人々が寝静まる夜中から朝1時ごろにはようやくこれらの騒音は絶え絶えとなり、道路上の交通量もまばらになり、爆竹も花火も納まる時間帯になる。人間たちが静かになると、今度は犬たちが路上を我が物顔に歩き回る時間だ。野犬と飼い犬が混ざり合う中にも縄張りというものがあるらしく、境界を侵した犬とそれを守る犬との間で喧嘩が起こる。直ぐ近くで吠え合う声は、狭い道路の間でエコーがかかり、それが遠くにいる犬たちの耳に達すると、それに反応する遠吠えが街中のあちこちで始まってしまうのである。

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宿泊するホテルは「景色のいい窓付きの部屋」を笑顔で勧めてくれる。確かに景色は良いかもしれないが、同時にその部屋は道路に面していて一日中休みなく上記全ての音が間近に聞こえる位置にあるわけだ。そして、今まで体験したことが無かったインドの旅は、床に就いた私の頭脳の内部で予期しない考えやムードをに呼び起こし、いったん思わぬ思考に取り付かれるとその思考は次の思考へと連鎖反応を起こす。そしてその連鎖反応がようやく終わりを迎えるのは近所の寺院やモスクから大音量で聞こえてくる祈祷だったりする。

以上、何とも情けないことながら睡眠不足の不平不満を述べてきたが、もうひとつ私の中では不思議な現象が起こっている。これだけの騒音に悩まされて眠りに就けず、寝床の中で意思に反した連想ゲームを繰り広げている間、私の心のどこかではこんな考えも閃く。「これは一体何なのだ。こんなユニークな体験は初めてだ。そう考えるとちょっと面白い。とても不思議な興味深い音響効果ではないか。これはきっとインドだけで可能なことに違いない!」そして浅く短い眠りに就く前、にんまりと笑ってしまうのだ。

Posted by taro at 03:23 | Comments (2)

2004年11月18日

ムガルの遺産

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インドの北西部を走り回っている。リシケシからウッタル・プラデッシュ州のアグラへ。ラジャスタン州に入ってジャイプル、ビカネール、さらにジョドプルへと向かった。これらの街には15世紀から17世紀に渡って建造されたムガル帝国の遺産が残されている。世界で最も美しい建造物として知られるアグラのタージ・マハール廟。自分の目で見、手で触れた現物からはひんやりとした厳かなエネルギーを感じた。日本の木造建築の他に今まで見てきた歴史的な建物の中では最も圧倒的な美しさを持っていた。

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我々が目にするタージ・マハルの写真はどれも正門を抜けた直ぐ後に見える画である。足元から幾何学的なデザインの庭園と噴水が連なって廟本堂の正面に向かって続き、四本の尖塔がそそり立つその中央にムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンの妃ムムターズ・マハールの霊廟が静かな落ち着きを放ちながら、まるで瞑想を続ける高名な尼僧のように座している。タージ・マハルの名は「宮殿の冠」を意味するそうだが、正にその名にふさわしいと言えよう。

日の出の時間に入場したからだろうか、参道の土産店や絵葉書を押し付ける現地人も至って少ない。このユネスコ世界遺産を訪れる観光客はもちろん大勢いるが、タージ・マハル廟が視界に入ると皆沈黙に近い静かな心持になるようで、人数の割には静かに鑑賞することが出来た。

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この観光地に足を伸ばして良かったと感じたのは、その静かな環境だけではなく、壮大な建築物に物理的に近づいて絵葉書やポスターでは見ることが出来ないディテールをじっくり見れたことだ。ペルシャ語で書かれた聖なる文字、花や動物のモチーフなどは全てインド各地や中国、チベット、中近東から集められた28種の宝石や鉱石で彩られている。建造の主な素材として使われたのはラジャスタン産の大理石で、全てが文字通り正に虫の入る隙間も無く精巧に組み立てられ、全体的な美しさをかもし出す要因となっている。

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ラジャスタンに入るとムガル帝国が残した砦や宮殿の数はさらに多い。城砦は丘陵や小高い山の頂上近くには必ずと言って良いほど建てられていて、その中でも歴史的重要性や美術的な要素で知られるものが観光の対象となっている。そのうち、ジャイプル郊外のアンベール城、ビカネールのジュナガール砦、ジョドプルのメヘラーンガル砦を見回った。巨大な石を切り出して百メートルにも及ぶ高さの城壁を建て、その中に石製の豪華絢爛な宮殿と砦、さらに住居を兼ねた城が迷路のような設計で建てられていた。石工の精巧な技術は、どの砦や宮殿でも目を見張るものがある。ラジャスタンの人々は石を熟知していたようだ。

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各城砦には独特の顔がある。中でもジョドプルのメヘラーンガル砦は、今も現地のマハラジャが直々に管理と修復を行っているためかプレゼンテーションがすっきりとしていて味わい深い印象が残った。共通しているのはラジャスタン風の装飾だ。石、土、灰、鉱石、ガラス、そして鏡を使って天井や壁に幾何学模様、花や動物のモチーフを施すこの地方一帯の独特な内装法は、建築だけではなく服装や装飾品などあらゆる分野で使われている。エキゾチックなムードに溢れるインドとペルシャの文化とこの土地と気候にマッチしたの文化のフュージョンである。

ムガル帝国は息をのむような美しさと興味深い逸話を持つモニュメントを残した。私たちはこれらの遺産を通じて当時の人々がポエティックな芸術的才能、驚くべき数学や建築の技術を持っていただけではなく、これら全てを使ってひとつのものに融合する調和の精神と技も持っていたことを知る。これらが現在のイスラム文化を代表するものではないにしても、ムガルの遺産はその過去を通じて 理解に向けて何らかのヒントを授けてくれる。

Posted by taro at 02:45 | Comments (2)

2004年11月13日

アトム・ボムの夜

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11月12日の夜、インド全国は一週間続くディワリ祭のピークを迎え、賑わった。「光の祭り」とも呼ばれるこの祭りは、盆と正月とクリスマスとアメリカの感謝祭が全部一緒にやって来たようなものである。祭りの中心となるのははやり家族だ。実家から離れて働く者や学生たちが帰郷して実家の家族と共に祝う。私たちの運転手、ヤドヴも彼の家でこの祭りを祝うため、私たちも便乗して彼の故郷、ティジャラという街でインドの一家族と数日を過ごす機会を得た。

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ディワリには花火や爆竹がつきものだ。祭りが始まる数日前に滞在したアグラやジャイプルの街角では至るところで爆竹が炸裂し、街を見下ろすホテルの屋上からは花火が上がっているのが見えた。これらの爆発物を買う際の制限などは全く無く、誰もがどこででも買え、祭りをひかえたインドの町々では多くの花火商人が店を開いていた。

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いろいろある爆竹の中に遊び用とは思えない爆発力と炸裂音を持つものがある。その名も「アトム・ボム(原子爆弾)」。一ダース入りの箱にはその爆発に恐れおののいた男が悲鳴を上げている絵が印刷されている。ヤドヴ一家の近所では、帰省した20歳前後の若者たちが集まり、次から次へとこの大型爆竹を爆破させていた。その一つ一つが爆破する度に一帯の空気は異様な動きを見せる。他の爆竹や花火の音も重なってこの小さな街は市街戦の様相を呈していた。

その爆破現場のすぐ傍をたまたま歩いていたことがあった。その爆発力は私の服を翻し、髪や顔の皮をも一瞬揺るがせる威力を持っていて、耳鳴りは丸二日止むことが無かった。若者の一人が笑いながら話し掛けてきた。「アトム・ボムって言うんだ。凄いだろう?広島や長崎みたいにドカーン!ってね。」彼らは私が日本人であることを知っていたわけでもなく、また私を意図的に侮辱しようとしたわけでもない。若者たちはあくまでも無邪気に祭りを楽しんでいただけなのだ。

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あの若者たちにとっては楽しいことなのかも知れないが、日本人の私にとって彼らの言葉は少々異なる印象を残す。私にはその異常にパワフルな「おもちゃ」を楽しいモノだとは思えず、第一どんな製品にそんな名前を付けて売るといくコンセプトが理解できない。最も、インド人は何かにつけて「インドでは全てが可能なのです」と言うのだが。そして本物の原子爆弾によって破壊された二つの都市に対する若者たちの無神経さにも畏怖を感じる。これがパキスタンと核兵器を競う仲にあるインドで若い世代が持つ原子爆弾についての認識なのだ。

インドの小さな街で体験した光の祭りは、インドの農家やごく普通の家庭生活を垣間見た貴重な体験だった。と同時に、この世界的な傾向の今と未来を考えさせられるものだった。「アトム・ボム」の爆発が夜遅くまで鳴り響く中、頭の中では連想が連想を生み私は早朝まで眠ることが出来なかった。

Posted by taro at 13:13 | Comments (0)

2004年11月07日

ガンガに浸かる

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ガンジス川、現地の名はガンガ。ヒンズー教徒にとってこの川は聖なる川または水であり、インドそのものの母であり、存在の源である。ガンガが流れる聖地としてはインド北部のベナレスが広く知られていて、多くの観光客や旅人たちがこの国を代表する文化や風習を見ようと集まる街らしい。残念ながら私たちのインド滞在予定にはベナレスを組み込むことが出来なかったが、ウッタランチャル州にある二つの街でこの川と人々が織りなすスピリチュアルな光景に接することが出来た。共に観光客が比較的少ない街である。

ハリドワルはガンガがちょうどヒマラヤ山脈からデリーを擁する大平野へと流れ出す地点にあり、数あるインドの聖地の中でも最も重要だとされる。また、ハリドワルは宗教的な祭りの中でも世界最大と言われ12年に一度行われるクンブー・メラのサイトでもある。インド国内外からの巡礼者も後を絶たない。街そのものはそれ程大きなものではなく、インドでは比較的静かな所だ。ガンガの水は澄んでいて、ドキュメンタリーなどで観たベナレスの水に比べて清潔さでは格段の差があるようだ。

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この街の大きなガート(沐浴場)で人々は聖なる流れと神々に祈るだけでなく、ありとあらゆる日常生活そのものを営んでいる。私たちの通常の生活では常に家の中や壁の向こうで行われている行為、特に水を必要とする仕事がこのガートでは公然と、しかも全てが同時進行で繰り広げられていた。この場所で人々が表現する感情にも喜怒哀楽の全てが同時に見て取れた。その光景は驚きであり神秘的であるとともに、ユーモア一杯でもありサイケデリックでもある。(逆に、日本人や西洋人にも共通の「日常」は、それを全部同時にさらけ出してしまえば驚きとなり得るものなのだ、とも言えはしないか。)

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ハリドワルの北東約25キロにはリシケシがある。今日ヨガや瞑想の中心地であるこの小さな街は、1960年代にビートルズが彼ら(特にジョージ・ハリソン)のグル、マハリシ・マヘシュ・ヨギを慕って訪れた場所として世界的に知られることとなった。熱心なヒンズー教徒にとっては、ヒマラヤ山中にある巡礼地へ向かう拠点となる。インド北西部は11月でも暑さを感じるのに比べ、ガンガに臨む谷に位置するこの街では毎日夕方から朝にかけてヒマラヤからの強風が吹き、夜はかなりの寒さを感じた。

夕日が沈む頃には花、お香とロウソクを聖なるガンガに流して祈る人々で川縁が賑わう。この儀式は「ガンガ・アールティ」と呼ばれ、リシケシュだけではなく、ハリドワラはもちろんインド各地の聖地で行われるものだ。川の流れ、鐘の音、人々の祈り、川岸で奏でられる音楽が聞こえる中で、巡礼者たちが油に灯を点して念願だった祈願を唱えるのを私たちは無言で見つめていた。

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ある友人がここに来るのを勧めてくれたこと、中国の昆明で出会ったトラベラーが「ベナレスには行かなくてもリシケシはインドへ行く度に必ず訪れることにしている」と言ったことの理由が分かるような気がする。リシケシでの二日目、自分たちもガンガの水で身を清めようと散歩に出かけた。渓谷に架けられた吊り橋を両岸にあるアシュラムを見ながら渡り、川の上流に向かって少しばかり歩くと大きな岩の合間に砂浜が点々とある場所が見つかった。下流では広くゆったりと流れるこの川も、ここではまだ渓流である。谷間のガンガは恐ろしく深く、流れは速く、そして水は冷たい。川から上がった後、稚拙ながら気功をやってみた。強く乾いた日差しの中にもかかわらず、ガンガの清い流れのすぐ傍で感じたエネルギーは静かで冷ややかな清浄力に満ちたものだった。ふと見ると数人の旅行者たちもそれぞれのやり方で瞑想に耽っていた。

ヒンズー教徒ではない人々までが惹かれるこの地もある程度の騒音は免れないが、カオス的なインド各地の街にはない精神的な静けさがある。ヨガや瞑想を学ぶもよし、川岸で日光浴をするもよし、旅の疲れを癒すもよし。目的が何であろうと、ここにはヒマラヤの麓を流れるガンガが人々を招いているような気がする。

Posted by taro at 16:52 | Comments (1)

2004年11月04日

黄金の夜明け

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夜明けの太陽が黄金の寺院を輝かせている。寺院の核を成すハリ・マンディル・サヒーブがアムリト・サロバール(「神酒の池」)と呼ばれるほぼ正方形の池の中央に浮かび、その荘厳な姿が水面に映えて揺らめく。ここプンジャブ州のアムリトサル(池の名前から名付けられた)にある黄金の寺院は、インド国内だけでも1,800万人いると言われるシーク教徒にとって最大の聖地として世界に知られている。(ちなみに1919年に大英帝国軍の兵士たちが約2,000人ものインド人を射殺し負傷させたジャリアンワラ・バグという広場は、皮肉にもこの静かな進行の場からわずか150メートルほどの所にある。)その門をくぐる前にはターバンやバンダナ、またはショールで頭を覆うことが例外なく義務づけられる。そして寺院に参拝するために靴を脱ぎ足を洗って身を清める。煙草や酒、革製品の持ち込みは絶対に許されない。

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夜明け前、寺院の門に近づくと、聖歌とインド風のパーカッションが涼やかで新鮮な朝の空気に共鳴しているのが聞こえてくる。早朝の大理石の冷たさを感じながら入口を抜けると、日の出前のハリ・マンディル・サヒーブが見えた。信者たちは池を隔てた大理石の上で跪き、シーク教の聖なる書であるグル・グランス・サヒーブが祀られる建物に祈りを捧げる。

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ここを訪れる人々は入口から入ると時計回りに池の周囲にあるパルカルマと呼ばれる歩道を歩く。水辺はそのままガート(沐浴場)となっており、人々は肩まで水に浸かって祈りを捧げる。若い男たちはターバンではなく、ヘアバンドで頭を覆いながら若者らしいファッションを着ているから、一見ヒップホップ系。女性の多くはサリーをまとっていた。水辺に座って瞑想する人、建物の影に集まって静かに会話をする者、聖水を飲んで満足げな巡礼者たち、写生をする西洋人の旅行者。パルカルマを単に歩くだけではなく、人々は純粋にこの場所に心の平和を求め、それぞれのやり方で求めるものを見いだしていた。そして人々の耳には絶えずメロディーを伴った聖なる書の言葉が、ハルモニアやタブラの伴奏と共に響いている。

そんな光景を眺めていると、朝日が差し入ってきた。大理石が黄色、オレンジ色、ピンクに染まって寺院内のムードに活気が生まれる。その中心にはやはり圧倒的な存在感を持つ黄金の建物があって、視界から離れることはない。

黄金と言っても実際に金が使われているのはハリ・マンディルの屋根にあるドームのみでそれ以外は真鍮なのだそうだ。それでもそのアラビア風の外観と、「グルの橋」を渡って傍に近づくと見えてくる繊細なディテールの素晴らしさには変わりはない。ハリ・マンディルの内部では常に四人の高僧たちが聖なる書を読み、人々に祝福を与えている。一階の中央の床には高僧の一人を囲んで音楽家たちが休むことなく演奏を続け、信者はそれにうっとりと耳を傾けながらゆったりとくつろいでいた。

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シーク教はヒンズー教の一派だが、意図的に多くのイスラム教要素を取り入れた一神教であり、かつ偶像崇拝を拒む。従ってシーク教最高峰の10人のグルが描かれた絵以外、神々の像はこの寺院には見当たらない。寺院内の清掃が整っていることや建築の全てが大理石であることで神聖な印象がさらに高まる。門の直ぐ外に広がる埃だらけの街と混乱に満ちた雑踏とは対照的で、シーク教とではない私たちをも敬虔で平和な気持ちにさせる説得力があった。朝日が高く昇り、私たちがアムリトサルを発つ時間となった。次の訪問地へと向かうことがなければ私たちは丸一日その場にいたかも知れないと思うほど、この寺院には穏やかで安らかな気持ちになれるエネルギーが満ちていた。

Posted by taro at 16:46 | Comments (0)

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