2004年06月13日
ホーフカルチャー

ベルリンに漂う穏やかでホットなカルチャー。その源は一体どこか。
歩道や道路から見ると、ベルリンの建物は通常五階か六階建てで重厚な感じがするものが多い。ビル間に隙間が無く、継続して建てられている印象を与えるために、一角の建物がとても大きく感じられるのである。これらの連立したビルは一つの方形を成していて、その内側には大なり小なり必ずと言って良いほど共同の中庭、ドイツ語ではホーフと呼ばれる空間がある。
私たちが滞在しているアパートのそれはかなり広く、多くの木が茂り、子供たちのための公園があり、小さな芝生のスペースや、ちょっとした散歩道まである。このホーフはかなり大きな方であろう。

私たちの近所はシェーネハウザー・アレーという目抜き通りの周囲にあるクリエイティブな連中が集まる一帯である。この辺のホーフは、入り口にあまり目立たないサインがあればいい方で、一見胡散臭いものばかりだ。夜は奥へ行くまでのホールも暗い。私たちは、明るい間にそのいくつかを探索してみた。
小さなホーフは通常ただの玄関のようなスペースで、居住者の自転車置き場になっているようだった。ミドルサイズのものになると用途にもおもしろさが増す。一階の部屋を小さなシアターに改造し、ホーフが客を迎えるスペースになっているもの。ヨガやダンスレッスンへの入り口にベンチとテーブルが置いてあって誰もがリラックスできるような空間。レッスンを指導する人たちもそのビルのどこかに住んでいるのだろう。静かで誰もいないカフェ。あんなところも夏には繁盛するのだろうか。あるカフェのフライヤーにはあるバンドのCDリリースパーティーがどこかのホーフであると告知していた。通りに面した映画館の裏側にあるホーフは客が映画の前と終わった後でも楽しめるようなレストラン・カフェになっていた。
普段は扉が閉ざされ、向こうがどうなっているのか分からないようなホーフも必要に応じて公開されて何かのイベントに使われるような所もある。

一つのホーフから次へ、また次へと入って行けるような所もある。ベルリンの繁華街の一つ、ハッケシャー・マルクトにあるハッケシャー・ホーフはその規模の大きさと知名度の高さから言ってむしろ例外だ。このホーフは、ショッピングモールとエンターテイメントセンターが一カ所に集中したスポット。中には個人経営で優れたデザイナーのアトリエや店がある。ベルリナーたちは大いに利用しているようだが、観光用ガイドブックのお勧め欄には必ず紹介されているため、観光地になってもいるのが少々残念な気がする。
ホーフがベルリンの人々の文化を養う場となったのはごく最近のことではないだろう。しかし、東西が統合されてからのベルリンではその用途がさらにクリエイティブに拡張されていると感じる。未だ物価が比較的安いベルリンで、自由に創造することの新たな可能性を若いベルリナーたちにとってホーフは重要な開拓地なのかも知れない。
2004年06月11日
ベルリンのホットスポット

ベルリンに着いて五日間、私たちは滞在しているアパートの周囲一帯からあまり出ることなく過ごした。ベルリンの壁が崩壊する以前は東ベルリンだった所だ。この近所はカジュアルでトレンディー、またはファンキーなカフェからパンクが集まるヴェジタリアン・カフェ、ビアガーデン、ヘルスコンシャスでエスニック色も豊かなレストランの数々、インデペンデントのブティックやギャラリーが集中していて、なかなか面白い所なのだ。毎日、この近所のどこかで何かが行われている。私たちは着いたその日からすっかりここが気に入ってしまった。
若い世代を中心とした人々が住んでいて、彼らの表情は想像していた以上に明るく、フレンドリーである。春の日差しが射すと彼らはカフェの路上のテーブルに集まり、穏やかに微笑みながら静かに話をする。私は、パンクカフェのお兄ちゃんにさえも見られるこの穏やかさが大変気に入っている。もちろん誰もがそうであるわけではないのだが、例えば人出が多い週末の夜の路上や、DJがいる混んだカフェでも、この穏やかさが全体的なのだ。
ベルリンの人々の表情や態度の明るさや味わいのある穏やかさは、ベルリンの壁の崩壊後、表面に現れてきたものなのだろうと想像している。十九世紀半ばから戦争を続け、ドイツ帝国が成立し、第一次世界大戦を経験し、その大戦の莫大な代償を払って餓え、ヒットラーの独裁、敗戦、そして冷戦と百三十年にも及ぶ動乱の中で人々は苦しみ、生きのびた。この動乱の時代に生きたドイツの女流芸術家、ケーテ・コルヴィッツは一般人、特に貧しい人々の苦難を描いたのだが、第二次世界大戦終戦直前に亡くなった彼女の作品に笑顔は見られない。

ベルリンの壁の崩壊はほんの十数年前の出来事である。以来、ベルリンに留まった若者たちは、自分達が持つ自由を文字通りゆっくりと噛みしめながら彼ら独自のカルチャーを作り上げている。彼らの穏やかさは、一歩一歩自由であることと正しい道を歩いていることを確認しながら、味わいながらポジティブな未来へ向かっている事に原因があるのではないか。
めぼしい美術館やギャラリーを訪ねたり、心和むティーアガルテンに本とカメラを持って遊びに出かける以外は、このホットスポットを大いに楽しもうと考えている。戦勝の記念碑や僅かに残された壁を見に行くよりも、ベルリンの若者たちの今を体験する方がベルリンの今を見ることになるからだ。
